序章 噂の聖騎士

「知っているか? プロンテラ北の湖付近に、 やたらと強いクルセイダーが居るらしいぞ」


 プロンテラ中央通り、 人々が行き交い色々な場所から客寄せの言葉が飛び交う。
そんな中、 誰かが言った言葉なのだろうか?
自分の耳に飛び込んできた言葉が、 何となく気になってしまった。


「ん? いや・・・・・・分からないけど」
「だと思った。 プロンテラ北門から出て少し歩いた場所に湖があるだろ?その付近にこの頃クルセイダーが居るらしい」
「何でまた・・・・・・」
「さぁ? でも結構綺麗だって噂だ」


 クルセイダー・・・・・・
プロンテラ聖騎士団の一員として、 ラグナロクに備える者。
攻撃的スキルの多いナイト(騎士)とは違い、 防御的スキルが多い。
確かに街中にも聖騎士の人は多く、 見ようと思えば幾らでも見つけられるだろう。

ただ、 そんな初心者がひたすら転職の為に戦うような場所で、一体その人が何をしているのか・・・・・・それが自分の興味をひかれた。
気がつけば走り出していて、 プロンテラ北門を目指していた。


「ただあの辺り、 今は何か物騒な感じがするんだよな・・・・・・」
「そうなのか? 私は行った事がないから分からないけど」
「ああ、 何人かノービスどころか一次職の奴もやられているらしい・・・・・・」


 そんな続きがあるとはは知らずに・・・・・・



「うーん・・・・・・何処だろう・・・・・・」


 何時もは南の平原で戦っているからなぁ・・・・・・
プロンテラ北部がミョルニール山脈に近いからと言っても、ここまで森林に囲まれていなくても・・・・・・
そんな事を思うが、 それでどうにかなる訳でもなく、ただひたすらに枝を手で退けつつ前へと進む。



 プロンテラ北部は南部の平原とは違い、人の手があまり加えられていない森林地帯となっていた。
その分死角も多く、 魔物達の住処となっている事も多いのだが・・・・・・
南部とあまり変わらない魔物達ばかりなのでそれほどの脅威も無い。
魔物も変わらない為、 障害物の無く歩きやすいプロンテラ南部の方が戦いやすいし、 何より視界が確保されている為安心できる。


「あ・・・・・・ここかな」


 枝を退けて何分たったのだろうか?
ようやく枝の切れ目を見つけ、 その場所へと歩を進める。
木々が湖を囲み、 その場だけはひらけた場所になっていた。
水場はここしか無い為、 ポリンなどの低級な魔物も姿を見せている。
こちらから攻撃しない限り安全な魔物である為、 特に警戒もしないで湖に近づく。


 その時に気がついた。
一つの木の下で座っている聖騎士に・・・・・・
目を閉じて瞑想でもしているのか、 剣を肩に立て掛け、 盾は木に立てかけられている。
赤というよりは、 夕日が落ちる寸前や、 朝日が昇る間際の朱色の髪。
寝ているのかも、 と一瞬思ったが、 その目がゆっくりと開いた事から起きている事が分かった。


「・・・・・・ノービス?」


 何だと思ったのだろうか、 僕を見てそう一言告げる。
ソプラノ調の高い声であったが、 どこか落ち着いた感じのする声。


「怖がらせてしまったか?」
「あ、 い、 いいえ!!」


 どうやらちょっとだけ怯えた表情をしていたらしい。
女性は少しだけ腕を動かし、 肩から下がっているマントを広げる。


「来たければ来るが良い。 安心しろ、 怒ってなど居ない」


 それがその人なりの気遣いなのだろうか?
不思議とその言葉を聞き安心したのか、 僕の足は自然にその人の隣にまで歩んでいた。


「聖騎士が珍しいか?」
「い、 いえ・・・・・・ただ幻想的だったと言うのでしょうか」
「幻想的・・・・・・ふふっ、 私がか?」
「そうですけど・・・・・・」


 僕の発言がそんなにも意外だったのか、 その人はうっすらと笑みを浮かべながら問う。
自信なさげに言い返した僕であったが、 流石に笑われれば誰だって気にする。


「何がおかしいんですか」
「気を悪くしたならすまない、 ただ私みたいに花という言葉があまりにも似合わない者に幻想的という言葉はさぞかし不釣合いだろうと思ってな」


 苦笑の様な、 なんとも言えない笑みを浮かべている。
聖騎士の様な無骨な鎧姿に花は似合わないと思っているのだろう。


「そんな事はありません、 きっと花も良く似合うと思いますよ」
「慰めでも嬉しく思う、 ありがとう」


 どうやら慰めにしか思ってくれなかったようで、 また少し笑いながら頭をクシャクシャと撫でてくる。
僕としては自分の正直な意見であり、 慰めなどでは無いという事を認めて欲しかった。


「ですから・・・・・・・」
「静かに」


 僕の言葉を遮った聖騎士の表情は、 それまでに笑っていたのとは打って変わり戦う人の目であった。
鷹の様に鋭い目が周囲をくまなく探っている。


 虫達の合唱が・・・・・・止んだ。


 続く