聖騎士のお願い

 プロンテラへ逃げ帰った後、 彼女を少し休ませてから聖騎士隊の本部へと送る。
プロンテラ城の一室にある本部には、 数人の聖騎士と団長らしき人物が待機しており、
アラモードさんからの報告を聞くや否や、 即座に対策会議が開かれるようであった。
私はその場に居ても邪魔になるだけであろうし、
アラモードさんが報告を引き受けてくれた事もあり自宅へと戻る。
今日だけで一か月分は働いた気がする・・・・・・
とてもじゃないが明日出勤するのは無理だろうし、 昨日と今日の休日も潰されたんだ。
明日と明後日を休みとする申請をゲフェン魔術協会へと送った後、 倒れこむようにしてベットに寝る。


 翌日は疲れている為か、 自宅で持ち出し禁止の本すら読む気力も起きずに、
普段なら無駄だと思うのだが、 ひたすら横になって休んでいた。
ようやく動けるようになったのは、 昼を少し回った頃であった。
自宅で本を読んでいるのも良いのだが、 少しでも体は動かしたほうが良いだろうと思い散歩でもしてみる。


「あ、 アルグラムさん」
「ん? ああ、 シルヴァニア。 どうかしたのか?」
「いえ、 今日は非番では?」
「だからこうして散歩しているのだよ」
「あ、 なるほど・・・・・・」


 彼女はミリィ シルヴァニア。
まだ駆け出しのマジシャンで将来はセージになりたいらしい。
毎日努力しているのだが、 まだまだ道は遠いらしい。


「何か用か?」
「いえ、 ただお見かけいたしましたので声をかけてみただけです」
「そうか、 明日首都へと行こうと思うのだが何か用事はあるか?」
「い、 いいえ。 別にこれと言って無いですし、 あれば自分で行きますので・・・・・・」
「分かった、 それじゃ私はこれで」
「あ、 はい。 失礼しました」


 それから後はあまり変わらない一日であった。
書庫から借りてきた魔術所を読み、 定時になればベットに横になり眠りに付く。
翌日は昨日シルヴァニアに告げたようにプロンテラへと赴いた。
露店は相変わらず盛況で、 色々な場所で買い物客と商人達が駆け引きをしている。


「失礼、 アルグラム殿ですか?」
「ん? あっ、 こんにちはアラモードさん」
「久しく」


 突然女性に声をかけられ、 振り向いた先に居たのは、 一昨日共に迷宮の森調査を行った聖騎士であった。
今日は仕事では無いのか、 鎧を着ておらず礼服を纏っていた。


「もう大丈夫ですか?」
「心配無用、 私は平気です・・・・・・此度は大変お世話になりました」
「いえ、 無事なら良かったです」


 彼女の凛々しい表情は変わりは無い、 ただ相変わらず何かに緊張している様で表情は硬かった。
・・・・・・ん?
ちょっと待て、 彼女の話し方はこんな柔らかかったか・・・・・・?
何か少し丁重になっていないか?
それが頭に疑問符として出てきた時、 同時に嫌な予感が生まれた。
それを振り払うかのように、 彼女に話しかけてみる。


「本日は何かご予定でも?」
「いや、 今日はアルグラム殿、 貴官を探していました。 実はお願いがあります」
「お願い・・・・・・?」


 ちょっと待て、 嫌な予感という文字が私の脳内で大きくなってきたぞ。
そう思っていた時、 突然アラモードさんが片膝を地面に付き、 頭を深々と下げる。
予感的中、 最悪な事態に発展した。


「今回の任務において私がいかに無力であり、 非力である事が分かりました。
戦いの場において発揮できぬ力など、 実力ではありません。
貴官の冷静さ、 判断できる能力、 戦う術と生き残る術を重ね合わせ持つ貴官は、
私が師とし仰ぎ、 見本にすべき御方。 どうか私を従者とし側近にて御仕えさせて頂きたい」


 そう澄んだ声で私に告げる。
周囲の喧騒なぞ何のその、 彼女の声は良く聞こえた。


「ま、 待って下さい・・・・・・そんないきなり・・・・・・・」
「何卒、 宜しくお願いいたします!」
「ええぇ・・・・・・」


 彼女の声に迷いは無い。
全て本心からそう思い、 願っている事は事実だろう。
だからと言って魔術師に聖騎士が弟子入りって・・・・・・
基本的に魔術でしか戦わない者に、 剣で戦う者が弟子入りとは分野が違いすぎるだろう。


「とにかく立って下さい、 そう畏まられても困ります・・・・・・」


 聖騎士が王族や、 同じ貴族階級でも無い者にこの様に騎士の儀礼をとる事なんて無いに等しい。
それもこんな大通りの、 露店が立ち並ぶ場所でだ。
普通こうした儀礼というものは正式な謁見の間や、 王族の居る場所でしか行わない。
つまりいきなり露店を眺めていた平民の魔術師に、 貴族が礼をしている等とおかしい事でしかない。
彼女は必死なのだろうが、 こちらも必死であった。
慌てて膝をつき、 彼女を立たせようとする。


「では、 私を従者として頂けますか?」


 彼女が顔を上げた時、 僅かにしか距離が無い私と目線が重なる。
蒼銀色の瞳は真剣そのものであり、 その瞳は大空の様に澄んでいた。


「・・・・・・分かりました」

 
 彼女の心が変わらない事を悟り、 私は了承の意を告げる。
ここまで真剣に考えてくれているのだ、 無碍にするわけにもいかない。


「ありがたき幸せ、 ならば私は今この瞬間から貴官の従者です。
何なりとお申し付け下さいませ」


 そう私の手を握りながら嬉しそうに笑う。
初めて見た笑みであったが、 凛々しい彼女も綺麗だとは思うがこちらの方が断然美しい。
喜んでくれるのは良いのだが、 とりあえず立ち上がって欲しいと私は思っていた・・・・・・