迷宮の森 探索

午後1時、 時間通りにプロンテラ北門付近に着くと、
聖騎士が一人、 簡単に旅の装備を整えて立っていた。
私に気づいたのだろう、 荷物を持ち目の前にまで歩いてくる。


「貴官がアルグラム フェンリ殿か?」
「はい、 ゲフェン魔術協会の要請で参りましたアルグラムです」
「私はアリス アラモード、 此度は我々へのご助力感謝する。
任務に全力を尽くし、 完遂いたそう」
「勿論です、 よろしくお願いします。 アラモードさん」


 ユナ・ミスティ・ローレックが優しく、 人の良さそうな顔立ちならば、
彼女の顔立ちは凛々しく、 薄い緑色の髪が風に吹かれふわっ、 と舞う。
まさに戦う女性・・・・・・と言うのだろうか。
ただその表情は緊張しているのか硬い。
書類によれば初めての任務らしいので、 失敗する訳にはいかないという気負いがあるのだろうか・・・・・・


「今回の任務は調査だけですから、 それほど危険では無いと考えます。
戦いはなるべく避ける様に指示されていますし、
原因が判明すれば帰る事が許されています。
原因を戦闘して排除する事は命令されていませんから、 あまり気負いせずに行きましょう」
「・・・・・・ああ、 そうだな。 よろしく頼む」


 私の話に納得したのか、 それとも少し緊張が解けたのか、
少しだけ彼女の表情かに硬さが消えた。


「ふむ・・・・・・中の魔物も、 あまりプロンテラ周辺と大差無いようだな」
「その用ですね、 一部中級の魔物が生息しているみたいですが、
どれも魔力を持つ様な部類ではありませんね」
「もっと奥なのか・・・・・・・進むぞ」
「分かりました」


 迷宮の森を進む事数十分、 幾度か魔物との戦いもあったが難なくこなせている。
確かに彼女の戦い方は精錬されている。
無駄の無い剣の振り、 ディボーションにより私を護る事、 そして魔物を集め私の魔術で殲滅する手段。
たしかにどれを取っても非の打ち所は無い、 教科書に載っている戦い方が通用する相手なら
今はまだ危険に立たされていないし、 魔物も弱い為プレッシャーはほとんど無い。
だがこれが奥に行けば行くほど凶暴化し、 人間を本能的に怯えさせる魔族がいるかも知れない。
そうなった場合、 頭で判断して動いている彼女では、 咄嗟に体が動いてくれないだろうと私は思っていた。



「・・・・・・まぁ、 こんなものか」


 迷宮の森を進み続け、 少し開けた場所に到着する。
ここしプロンテラ兵達が見張りをしている場所で、 魔物達の動きがあれば即刻プロンテラへと知らされる。
今回の調査任務も、 彼らから報告された為行われているものだ。
今、 アラモードさんが兵士より報告を受けている。
私は休み時間・・・・・・という事だろうか。


「待たせた、 やはりこの奥のようだ」
「そうですか・・・・・・では、 今日はここで休みましょう。 夜に調査するのは危険ですし、 効率も落ちます」
「うむ、 そうしよう」


 魔族は夜の方が活動しやすい。
闇に紛れらた場合、 接近される事に気づかない事もあるからだ。
今日はここで休む事となったが、 プロンテラ兵達もテントを張って野営している様で宿舎などは無い。
ある程度旅慣れている私はともかく、 彼女は寝れるのだろうか・・・・・・


「・・・・・・余計な心配か」


 初めての実戦であるし、 緊張しているようであったからようやく気の抜ける場所にたどり着いたのだ。
一気に疲れが襲い掛かってくるだろう、 それならおそらく眠れるはずだ。
他人の心配をするより、 自分の心配をした方が良いか・・・・・・
そう思い、 自分も体を横たえ眠りにつき、 明日に備える。


「・・・・・・・この付近か」
「恐らくそうでしょう、 嫌な空気です」


 翌日、 再度迷宮の森深部を調査しているうちに明らかに周囲と空気の違う場所にたどり着いた。
何が違うのかと聞かれても、 それを明確に答える事は出来ない。
ただ本能的にここは危険だ、 と脳が叫び続けている。


「まずは周囲を調査して・・・・・・」
「! 後ろへ飛べ!!」


 咄嗟に叫んだ言葉であったが、 彼女はジャンプして下がる。
今まで彼女の居た場所に、 深く鎌らしき物が突き刺さる。


「なっ!?」
《ホウ・・・・・・避ケタカ、 勘ノ鋭イ奴ダ》
「バフォメット!?」


 バフォメット、 上級魔族であり魔術も使う魔族。
書物の中だけの存在だと思っていたが、 まさか実際に生きているとは・・・・・・


《次ハ・・・・・・外サン》
「! なに突っ立っているんだ!!」


 咄嗟に駆け出し、 彼女を抱き抱えるように押し倒す。
その僅か頭上を、 バフォメットが持つクレセントサイダーがなぎ払う。
もし私があのまま何もしなかったら彼女は間違いなく死んでいただろう。


「あっ・・・・・・あああ・・・・・・」
「アイスウォール!!」


氷で壁を作り出し、 敵の動きを封じる魔法。『アイスウォール』
殺傷能力は無いが、 時間を稼ぐには丁度良い魔法だ。


「わ、 私は・・・・・・?」
「生きている、 しっかり!」


 真正面から魔族の瞳を見たのだ、 戦いなれている人なら気力で押さえ込める恐怖感も、
彼女は慣れてなんか居ない為、 その体は小刻みに震えていた。
出来れば何とかしてあげたいが、 そんな余裕は無かった。
早く逃げないと、 アイスウォールを砕いてバフォメットが来る。
勝ち目なんか無い、 あんな化け物相手に怯えきっている聖騎士と私では無理だ。


「蝶の羽でプロンテラまで逃げるぞ、 原因はあいつだって分かったんだ。
これで任務は完了だ!」
「えっ、 えっ・・・・・・?」


 駄目だ混乱している。
死を目前にした事からか、 魔族のプレッシャーにやられたか、
彼女の思考回路は完全的に凍結してしまっている様で、
何がどうなっているのか理解できていないらしく、 困惑した瞳で私を見上げてくる。


「ええい!!」


 もう時間も無く、 彼女も回復の兆しが見えない。
こうなれば形振り構っていられるか、 とばかりに彼女を抱き寄せ、 半分強引に手を重ね短く呪文を唱える。
二人の手の間に収まっていた蝶の羽が光り、 粉の様な光りが二人を包み込みプロンテラへと運ぶ。
あと一瞬遅ければ二人とも仲良く串刺しだっただろう、 クレセントサイダーが何も無い地面に突き立てられていた。