プロンテラの午後
〜♪ 〜〜♪
プロンテラ大聖堂、 中央礼拝場から歌声が聞こえる。
プロンテラの麗らかな午後、 午前の仕事を終えた後昼食を取り、
礼拝場のパイプオルガンを弾きながら歌う事は自分の好きな事だと自覚している。
聖歌を歌う事も好きだが、 偶には普通の歌も歌っているのも楽しい。
1曲歌い終わった時、 パチパチと拍手が聞こえる。
音のする方向を振り向くと、 一人の騎士が立っていた。
「Maria」
「姉さんの歌声はいい歌声だね、 何時聞いても綺麗だと思う」
「ふふっ・・・・・・ありがとう、 居るなら声をかけてくれても良かったのに・・・・・・」
「ううん、 私も聞きたかったから」
Mariaの言葉は装飾があまり無い。
ただその分彼女の発する言葉は心情をそのままを表している。
表情もあまり変わらないが、 ユナには何となく彼女の微妙な違いが分かっていた。
「何か用事かしら?」
「違う、 騎士団での仕事が終わったから帰ってきただけ」
「そう・・・・・・ならお茶でも飲みにいく?」
「分かった、 ついて行く」
頷くのを見て、 ユナは立ち上がってMariaの隣に歩き出す。
ジッ・・・・・・とユナが来るのを待っていたMariaだったが、
隣に来るのとほぼ同時に回れ右をしてユナの隣に続く。
「少し出てきます。 後をお願い致します」
「ん、 ああ。 分かったよ」
同じく大聖堂で勤務しているプリーストに声をかける。
何かの本を読んでいたみたいだったが、 ユナが声をかけると本から目を上げ、
軽く手を振って了承の意を伝える。
プロンテラのカフェテラスは中央通りに面した、 人通りの多い場所に作られていた。
旅人の軽食なども狙い目なのだろうが、 プロンテラ住民にも中々好評であった。
「騎士団の方はどう?」
「これと言って変わりは無い。 Kuriaも元気」
「そう、 それなら良かったわ」
ウエイトレスに自分は紅茶を、 Mariaはカフェ・オレを注文した後少しおしゃべりをする。
もっぱら、 話しているのはユナだけだが、
Mariaも返事をしている所から二人に取ってはおしゃべりなのだろう。
「今日の夕食は何が良いかしら?」
「・・・・・・姉さんが作るのならなんでも良い。 美味しいから」
「そう? ありがとう・・・・・・なら、 肉じゃがでも作ろうかしら」
「うん・・・・・・買出しに行くなら手伝う」
「ありがとう、 それならお茶が済んだら市場へ行きましょうか」
「分かった」
それからも他愛の無い話を続ける二人。
無表情に相槌を打つMariaは通行人から見れば、
ユナの話している事に興味が無いのかと思われるだろ。
しかし、 Mariaは決して興味が無いわけでは無く、 ユナの話す事を真剣に聞いている。
ただ表情と言葉に出せない為、 少々周囲から誤解されるだけなのだ。
「でも、 市場って何時も賑やかよね・・・・・・」
「新鮮で安価、 自分の目で品物を選べ、 なおかつ価格の交渉も出来る。
国民に取っては一番便利な経済活動場所だから」
「そういえばそうよね、 それに店舗が多ければお互い競争するでしょうし、
そう考えればこの混雑も良く分かるものよね」
カフェテラスで更に小一時間程おしゃべりをした後、
二人はプロンテラ南西側に立ち並ぶ市場へと足を運んだ。
至る所で商人達が声をあげ、 道行く人たちの意識を自分の商品へ向けようと努力している。
「後は・・・・・・そうね、 玉ねぎとかかしら。 Maria・・・・・・あら? Maria?」
「・・・・・・ここっ・・・・・・」
後ろを振り返ると、 必死に人の波を掻き分け追いつこうとするMariaの姿があった。
あまり人混みに慣れていないのだろう。
「慌てなくても良いわよ、 時間はあるんだから」
「・・・・・・待たせるのは悪い・・・・・・」
「別に良いわ、 だから怪我しないようにね」
結局Mariaが人混みに揉まれながらユナの下に来れたのは、
それから5分ほどたった後だった。
夕食の買い物時間だった為、 何時もより人の数が多いからだろう・・・・・・
次にMariaと買い物に来る時は少し早めにしないと・・・・・・とユナは心で決めていた。
「こんなものかしら・・・・・・どう? Maria?」
「んっ・・・・・・薄くも無く濃くも無い。 丁度いいと思う」
「そう、 それなら良かったわ」
自宅に戻り、 夕食の肉じゃがの味見をMariaにしてもらう。
夕食の支度は基本的に何時もユナが行っていた。
プリーストの制服の上にエプロンを着け、 髪を簡単に後ろで結び、 鍋の中身をお玉でゆっくりとかき混ぜ、
時たま菜ばしでジャガイモの硬さを確かめる。
Mariaは流石に家の中まで鎧を着ている訳では無い為、 鎧など武具は自分の部屋に掛けてある。
今は鎧の下に来ている服だけとなっていた。
何故Mariaがユナの家に居るかと言うと、
Mariaはユナの親族のようなもので、 ミスティ・ローレック家の家に住んでいる。
Serve家にも家はあるのだが、 イズルードな為行き来に時間がかかるという事で、
ユナが勝手にプロンテラ国王と騎士団へと申請してしまった為居候させて貰っていた。
ミスティ・ローレック家は、 前グラストヘイム大戦の功績を認められ、
大聖堂に居住し管理する使命を与えられていた。
この国王からの使命は名誉であり、 誇りであった。
王制のプロンテラ王国だが、 その中身を分けると4つに分けられる。
まずトリスタン3世の親族、 身内の王族、
聖職者や騎士達による貴族、
魔術師やハンター等、 ダンジョンに赴き狩りをする者達を冒険者、
プロンテラや都市に住む者達を国民となっている。
貴族という階級を意識し、 執着する者も居れば、
ユナのように全く意識せず市場に買い物に出かけたりする者も居る。
「後はKuriaが帰ってきて、 アリシアが帰ってくれば全員ね」
「皿を並べておく」
「ありがとうMaria」
「ううん、 これくらいしか出来ないから」
KuriaとはMariaの妹で、 今は剣士としてプロンテラ周辺で戦っていた。
下水道に出没する盗蟲などを退治したり、 プロンテラ周辺に生息する魔物と戦っている。
アリシアはユナの妹で、 プロンテラの酒場に昼間ダンサーとして踊っていた。
本来なら夜こそ酒場が繁盛する時間なのだが、 ユナが夜の外出を禁止していた為昼だけとなっている。
グラストヘイム大戦の後、 プロンテラの大地は大きく変わった。
今までは魔物一匹いなかった場所にまで、 大人しいが魔物が生息するようになっていた。
それに対抗し、 魔術師達は都市部を囲う城壁に結界を施し、 魔物の進入を防ぐようにした。
さらに封印されたグラストヘイム等のダンジョンを、
魔物以外の通行が可能となる術式を魔術師達は編み出した。
この事によって都市部や町、 人の住む場所は確立された。
その内、 その場を探索、 収集品の採集などを目的とした人々が王国より正式に認められる。
それが現在の冒険者と呼ばれる人々で、 彼等は国王よりダンジョンの出入りが許可されていた。
その冒険者を支援、 サポートする株式会社『カプラサービス』も設立され、
冒険者達は自由に冒険を楽しんでいた。
「ただいまー姉様」
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、 アリシア、 Kuria」
「お帰り」
こうして、 彼女達の何時もとあまり変わらない日々は続いていた。
つづく