終章 『結界』

「・・・・・・・そういえばローレックさんに何て言えばいいんだ・・・・・・」


 ふと城外へと走っている時に気づいた事だが、
彼女はいきなり当身を受けて何も知らないままプロンテラへと戻るだろう。
そうすれば多分第二中隊で同じ生き残りの私に理由の説明を求めるはずだ。
その時俺はなんて言えばいいんだ・・・・・・


「・・・・・・もしや中隊長、 全く考えずに俺に投げたのか・・・・・・?」


 待て、 落ち着くんだ俺・・・・・・
冷静に考えてみろ、 あの隊長がそんな事・・・・・・


「・・・・・・いや、 やるか」


 あの隊長だからこそやるだろう。
口が得意でも無い俺にあれこれ説明させたり説得させてみたり・・・・・・


「くそっ・・・・・・成仏しないで幽霊にでも化けて出てくれ、 この怒りの矛先を十二分にぶつけてやる」


 そう呟きながらも、 彼の頭の中には幾つもの返答案と説明する為の文章が考察されていた。
そうでもしないと後に地獄を見る気がして仕方が無かったからだった・・・・・・



「引き上げてくる部隊の収容を急げ、 もうあまり時間が無い」
リリス、 そちらはどうか?」


 ペコペコに乗った騎士が一人、 私に声をかける。
後ろを振り向いた所それは第三大隊長のようだった。
全員が配備されている場所を回って確認しているのだろう。


「はい、 第二中隊の生き残りが撤退して来ていますが・・・・・・まだ10分の1にも達していません」
「そうか・・・・・・引き続き任務にあたってくれ」
「はい」


 第三大隊、 グラストヘイム城周辺を確保し、 内部に進入した部隊の後退を支援する部隊である。
特に仕事の無いような部隊であると思われがちだが、 実を言うと一番大変な部隊であった。
何故なら謁見の間と礼拝堂以外の場所をプロンテラ騎士団は知らなかったからだ。
プロンテラ騎士団が所有していた見取り図は、 グラストヘイム城が改築される前であった。
さらに魔族達が無理やり出入り口を作ったりしたおかげか、至る所で魔族との戦闘が行われていた。
それも今は少し収まっていたのだが、 今度は撤退してくる部隊を城の外まで護衛しなければならない。
疲れて消耗仕切った彼等を戦わせることなど出来ないからだ。


「ディボーション」


 聖騎士に伝わる味方をかばい、 そのダメージは自身に蓄積されるが味方を護る魔法。
『ディボーション』
この魔法は難しい、 定期的に唱えねば効力を失ってしまうし、
術者が目で捉えられる範囲内でなければ魔法の対象を失い効果が消えてしまう、 扱いが難しい魔法だった。


リリス、 第二中隊は俺で最後だ」


 城内から撤退してきた人に見覚えのある岸が私に言った。
騎士団では度々顔を合わせるアシュレイ・・・・・・・だったはず。


「・・・・・・アシュレイ、 まだ確認作業が終わっていない」
「馬鹿、 そんな事させているのか? 確認に行った奴等が死ぬだけだ、 さっさと逃げろ!!」
「だが・・・・・・」
「そんな机上で学んだ事なんか役に立たないんだよ! 分かったらとっとと・・・・・・」


 続けようとした言葉は重い地響きにさえぎられた。
何かと確認しようとしたが、 物陰からそっと音のした方向を見た瞬間吐き気がした。


 深遠の騎士が人を木の葉のように突き刺していたからだ。
真っ赤な鮮血が当たりに広がっている・・・・・・


 リリスが呆然としていた、 それは彼女の部下だったからだ。
咄嗟に俺は思った、 この場に居たら二の舞になる。


リリス、 逃げろ!」
「私が・・・・・・私が余所見をしていたから・・・・・・・」
「だぁぁぁぁぁぁぁお前な、 この場に留まると決めた時からこういう展開も読めよ!
余所見していなくてもお前のディボーションがあったとしてもどうだ?
結局お前までやられるだけだろうが!!」
「・・・・・・・・・・・・」


 あぁぁぁ・・・・・・・もうこいつは何時までも変わらないな!!
こんな場所でそういった悪い癖を出さないでくれよ!!


リリス! 良いから良く聞け、 お前は生き残って部下は死んでしまった。
それがお前が余所見していたからかも知れない。
だけどそれからどうするんだよ、 この場で悔やんで深遠の騎士に仲良くやられる?
冗談じゃない!! お前そんな事許されると思うなよ!
生き残った奴は生き残ったなりに理由があるんだ。
その理由潰してまで死ぬんじゃない、 悔やみたいなら戻って自分の部屋ででも悔やんでくれ」
「・・・・・・理由」
「そうだよ、 お前机上でしか戦いを知らない奴だし、 人が死ぬのを見るのも初めてだろう。
それでもお前が生き延びたには理由があるんだよ、 神様がお前を生かしてくれた理由が!!
その理由を理解して全うしろ! それが死んでしまった彼等に対する供養だと思え!!」


 そう言っている間にも深遠の騎士は獲物が居ないか辺りを見回している。
もしここでこいつが動けなければ俺にはもう手が無い・・・・・・


「・・・・・・分かった、 逃げよう」
「走れるよな?」


 まだ少し目が虚ろであったが、 意識はしっかりしてきたらしい。
コクリ、 と頷き走り出すのに合わせて、 俺もペコペコを操り彼女に並走して走り出す。
数分後たどり着いた城の出口には、 傷つきながらも必死に戦った騎士団の生き残りが揃っていた。
出陣した頃はこれの10倍は居ただろうに・・・・・・



「これで最後ですか? もう内部に人は居ませんか?」


 それを返答するのには躊躇いがあった。
もしかしたら彼等は戦い終えて戻ってきているかもしれない・・・・・・という淡い期待が。
だがこれ以上危険地帯に居るわけにはいかなかった。


「・・・・・・・はい、 もう居ません」


 騎士隊長は全員内部に残って戦っている。
第三大隊の生き残りもほとんどが戻ってきたが、 大隊長は残る意向を決めたらしい。
彼らの話を聞く所に及ぶと、 他の大隊長が戦って敵を防いでいるのに、 私だけ戻れるか!!
という事らしい・・・・・・


「では、 結界を展開します・・・・・・」


 数十人の魔術師が一斉に頷くと同時に詠唱を開始する。


『禁断なる領域、 我等の危機を招く領域。
我願うはその場を切り離し、 我等の地域への侵入を許す無かれ。
我の領域からの侵入も許す無かれ。
我の命に応じてその力にて結界とせん』




「・・・・・・こうして、 グラストヘイム城は結界によってこの世界から一時的に切り離されました。
しかし、 その結界は少しずつ弱まりましたが、 魔術師達はこの結界の少しずつ変えながら補強していきました」


 プロンテラ大聖堂、 その中央礼拝場で声が響いていた。
柔らかい温かみのある声で彼女は昔、 この大地を襲った物語を読み上げている。
その前には何人もの子供達の姿があり、 皆一心不乱に彼女の読み上げる物語に聞き入っていた。


「こうして、 世界は安定期を迎えました。
しかし、 また何時かこの安定期が壊れる時が来るかもしれません。
その時、 私達はまた戦うでしょう。 私達の大切なものを護るために・・・・・・・」


 静かに言葉を終え、 パタンと本を閉じて立ち上がる。


「さぁ、 物語はここまで。 後は外で遊んでいらっしゃい」
『はーい!!』


 きゃあきゃあ隣の子とじゃれあいながら走り出す子供達を、 優しい瞳で見送っていた。
近所の子供達に頼まれて朗読した物語だったけど、
はたしてあの子達に分かったのかしら・・・・・・
ふとそう思ってしまったが、
読んであの子達が満足してくれたのならそれで良いかな、 と納得する。



 あの大戦から幾年もの月日が流れた。
彼らの護った世界は、 今こうして平和な時が流れている。
彼らが命を課して戦った歴史は未だに多くの書物に語られている。
それは人々が彼等の勇気ある行動を忘れないという事なのだろうか。
それとも、 このような悲劇を繰り返さないように・・・・・・・との戒めなのか。
それは分からないのかもしれない。
だがこれだけは忘れないで欲しい。


 この時間を作ってくれたのが、 我々の先人であり
勇気ある行動をしてくれた彼等名のだという事を・・・・・・


そして


「姉さん、 ユナ姉さん?」
「何? Maria」


 また物語は紡がれて行く。
私達の物語が・・・・・・




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第一部『甦る悪夢』編 end・・・・・・