第三章 『退路無き戦い』 中編

 まだ太陽の光が届かない大地に、 プロンテラ騎士団は出陣した。
無論太陽の出ている昼間の方が、 闇の軍勢を相手にするには一番良いだろう。
だが今回は戦う事が主目標では無い。
今回の目的はあくまでも結界を展開させる事であり、 戦うのは時間を稼ぐためだけだった・・・・・・


 プロンテラ騎士団がグラストヘイム城内部へと侵入。
敵部隊を攻撃しつつなるべく場内奥まで攻め込み、 魔術師達の安全を確保する。
騎士達が時間を稼いでいる間に、 魔術師達は結界を展開できる状態に持ち込み、
騎士達が全員避難した時に詠唱を完成させ、 グラストヘイムを隔離するという作戦であった。
だが・・・・・・騎士達にはある悲壮な決断があった。
避難すると言っても敵と戦っているのだ、 背を向ければ追撃してくるに決まっている。
その敵をそのまま連れて行って戻ろうものなら・・・・・・魔術師達がやられては元も子もない。
故に騎士達は決意していた。
護りたいものを護る為に・・・・・・自分達の命を捧げようと・・・・・・


「突入班は攻撃を、 防衛班は周辺の安全確保! 魔術師達は防御班の後方で詠唱を開始!!」
「了解! 第一中隊前進!!」
「第二中隊攻撃を開始します」
「第三中隊周辺を確保! 魔物の排除急げ!!」


 グラストヘイム城に到着した後、 休む間もなくそれぞれ与えられた任務へと騎士達は向かう。
第一中隊は城の礼拝堂だった中央より、 第二中隊は城の上部より・・・・・・
それぞれの任務を果たすべく、 勇猛果敢に走り出した。


「各員無理はするな! 生きて帰る事を目標とせよ!!」


 第一中隊長がそう命令するが・・・・・・とてもではないがそんな事が叶うとは信じていない。
今私達は墓場のような場所で戦っている。
礼拝堂であった場所は破壊され尽くしていた、 魔族の天敵である神を祀っている場所なのだから、
仕方の無い事と言えばそうだと思う。
その礼拝堂を抜け、 階段を下りた場所にこの光景はあった。
一体何故こんな隠れた場所に地下墓地が存在するのだろうか・・・・・・
それを考える余裕を敵は与えてくれなかった。


《死ヲ! 絶望ヲ!! 生キテイル人間全テヲ抹殺セヨ!!》
「それはもう聞き飽きた!!」


 向かってくるレイドリックに剣で応戦する。
魔族は死を恐れない、 元々死んでいるような存在だからだろうか・・・・・・
群がるレイドリックを次々と倒し、 前へ前へと進んでいく。
私達にはもう・・・・・・退く事なんて出来ないのだから・・・・・・


「・・・・・・Seciru?」
「えっ・・・・・・!?」


 僅かに聞こえた、 聞きなれた声に振り向くと、 もう二度と見れないはずの姿があった。
ゲフェン防衛隊長の姿が・・・・・・


「Seciru・・・・・・」
「隊長・・・・・・そんな、 まさか・・・・・・」


 私が呆然としている目の前で、 隊長の姿が大きく揺らぎ倒れそうになる。


「!! 隊長!!」
「馬鹿! 隊長が居る訳無いだろう! それに居たとしてもそれは・・・・・・」


 隊員の制止の声も聞かずに、 私は咄嗟に駆け出し隊長を抱えようとした。
しかしその手が届く事は無かった。
他でもない・・・・・・目の前の隊長が突き刺した剣によって・・・・・・


「ぐっ・・・・・・」
「全テノ人間ニ死ヲ、 絶望ヲ・・・・・・」


 腹部の左側に感じる熱い感触、 と同時にこみ上げてくる金臭い液体・・・・・・
私が刺されているのだと理解するまで、 数秒の時間が必要だった。
そして隊長の口から零れ出た、 闇の住人が詠唱の様に放つ言葉を聞いた時・・・・・・
私は悲しい気持ちで一杯になっていた。
この時になってようやく、 目の前の隊長が隊長の姿をした別の何かだという事を理解した。


「隊長・・・・・・辛いですよね、 悲しいですよね・・・・・・」


 刺された剣から血が零れていく・・・・・・
そうだ、 私があの時転びさえしなければこの人は生きていられたのかも知れない。
彼だって本当は生きたかっただろう、 だけど結果的に私が殺してしまった。


「そんな姿になって・・・・・・護りたい人を傷つけて・・・・・・辛いですよね・・・・・・」


 口の端から血が滴り落ちるが構わずに言葉を紡ぐ。
そっと左手を隊長の頬に添えと、 生きている時に感じた暖かい温もりは無く、
氷でも触っているのではないかと思うくらいに冷たかった。
こうしてしまったのは自分だ。
これが罰だと言うのならば神はなんとも残酷なのだろうか・・・・・・
私に罰を与えたいのであれば、 彼は関係の無いであろうに・・・・・・


「でも、 安心して下さい・・・・・・」


 こうなってしまった彼を助ける手段はただ一つ。
それは私にしか出来無い事・・・・・・


「貴方は私が止めます」


 キッ、 と彼であった者に顔を上げる。
腰にさしていたブロードソードは刺された時に落としてしまったが、
まだ短剣のグラディウスを私は持っていた。
一気に鞘から抜き放ち、 彼の胴体を一閃する。


「・・・・・・・・・・・・」


 グラディウスの長さでも、 彼の胴体は深く切り裂かれていた。
彼が仰向けに倒れ、 私を見上げる。


「・・・・・・Se・・・・・・ru、 あり・・・・・・が・・・・・・とう」


 彼の瞳が正気に戻り、 最後の言葉を口にする。
それを言い遂げた後・・・・・・彼は灰となって消えた。


「さようなら・・・・・・安らかに・・・・・・」


 彼が灰となって消えた時、 剣もまた灰となり空中に消えていった。
右手で出血を抑えるが、 片膝をついてしまいもう立ってはいられなかった。
それほど出血が激しいのだろうか・・・・・・


「Seciru! しっかりしろ!!」
「プリースト! こっちに負傷者だ速く!!」
「・・・・・・隊長、 良いのです・・・・・・ゴホッ! ゴホッ!・・・・・・」
「馬鹿者が!! 生きる事を諦める事は許さん!」
「プロンテラはこの戦いで護れます・・・・・・彼の最後の命令を私は果しました・・・・・・も・・・・・・後悔は・・・・・・」
「黙れ、 貴様はまだ任務を果たしていない。 奴が何を言ったか知らんが、
プロンテラを護ると言うなら生涯守り抜いて見せよ!
貴様はまだ若くこれからプロンテラの為に尽くさねばならない義務がある。
自己満足で完結させる事など私が許さん!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「奴の思いを果したいのであれば生きて生きてプロンテラの為に骨身を削れ。
それが奴が死んで、 貴様が生き延びた時に生じた義務であり責任だ!!
奴が生きていたならこんなにあっさりと死を選ぶか? 奴はゲフェン攻防戦の時に簡単に諦めたか?
いいや奴は諦めなかっただろう、 ゴキブリみたいな奴だからな」


 ゴキブリって・・・・・・
私は不謹慎にも中隊長の言葉に笑ってしまった。
だが、 彼の言ったとおりだ。
あの人は最後まで諦めなかっただろう。
私を護って戦った時、 彼は笑顔で私に逃げろと命令した。
なら、 私は彼の志を受け継がなければいけない。
私を生かしてくれた彼に対しての恩返しは私が生涯掛けて、
彼の愛したプロンテラに尽くす事で初めて返せるものだと思うから・・・・・・


「・・・・・・はい、 分かりました・・・・・・生きる事を諦めません」
「その意気だ・・・・・・アリス フェンリ!!」
「へっ・・・・・・あ、 はい!」


 傍に居たマジシャンが呼ばれ、 私の近くに駆け寄ってくる。
幸い、 私の傷はプリーストの方によって治療されたが、
傷を塞いだだけであって戦えば直ぐに裂けてしまうだろう。


「Seciruと共に後方の部隊と合流せよ、 時間稼ぎは我々だけで十分だ」
「えっ・・・・・・で、 でも私はまだ・・・・・・」
「魔力がもうほとんど無い君は戦えないだろう?」


 魔力とはいえ人それぞれだが限界量がある。
とくにまだ訓練途中であるマジシャンのキャパシティは低い。
今もアリスは息を切らせ、 必死に魔法を詠唱していた所であった。


「・・・・・・しかし」
「これは命令だ、 アリス フェンリ。 Seciru Serveと共に脱出せよ」
「・・・・・・分かりました」


 まだ戸惑いが振り切れぬのか、 困ったような表情をしながら彼女は私の左肩に手を貸してくれる。
ズキリ、 と少し痛むが歩くのに支障は今の所無いみたいだ。


「・・・・・・行け、 そして未来を紡げ」
「ご武運を・・・・・・」
「中隊長・・・・・・神のご加護があらん事を・・・・・・」


 私達が敬礼をした後、 彼は優しげに微笑んで見送ってくれた。
未来を紡げ・・・・・・
彼の言葉が私の脳裏に焼きつく。
これが彼から託された望みであり、 義務なのだろう。
生き残る私達に課せられた・・・・・使命。



「生きろよ・・・・・・・子供達」


 第一中隊長が呟くように祈る。
生き残るほうが逆に過酷なのかもしれない。
でも、 彼女達には生きていて欲しかった。
まだまだ若く、 未来を紡ぐ力があると信じているから・・・・・・


「隊長、 参りましょう」
「うむ・・・・・・全員、 魔物共を一匹足りとて後ろに通すな!!」
『オーーーー!!!!』


 未来を託した彼等の瞳には晴れ晴れとした光が映っていた・・・・・・


続く