第一章 魔法都市ゲフェン 陥落 後編

 ゲフェン西側の街道に彼等は集まっていた。
ペコペコと呼ばれる鳥に乗った騎士、 剣を腰に付けた剣士。
プロンテラ騎士隊の面々である。
まだ実戦経験の浅い剣士達は念入りに武器や防具を手入れし、騎士達は目をつぶって神に祈りを捧げた。


「諸君、 待たせた」


 隊長がその場に響く大きく澄んだ声で言った。
剣士達は手入れを中断し直立不動の姿勢をとり、 騎士達は彼の方へと向き直り敬礼を行った。


「諸君、 ゲフェン長から我々の行動を許可して頂いた。 我々の任務を今更説明する必要は無いだろう。
私から諸君に伝える事は幾つかある。
まず一つ 我々の後ろには罪なき民が居るという事を忘れるな! 敵を一人でも通せば我等の負けと心得よ。
二つ プロンテラ騎士隊として、誇りを持った戦いをせよ。 我々の正義、 決して敵に挫けん。
最後に三つ 生きる事を諦めるな。 最後まで生きる事を諦めないで欲しい。
諸君等にはまだ生きてやって貰わなければやって貰わなければならない事が沢山あるのだからな」
「つまり、 隊長にはまだまだこき使われなければならないという事ですね」


 誰が放った一言だろうか、 その一言によって騎士隊の面々に笑みがこぼれる。
騎士隊には許されない事だろう。 隊長の言葉の途中でこのようなふざけた事をいう事など。
だが、 彼等の隊長は規則に厳格では無く、 その発言が戦いに不慣れな剣士の緊張を解す為の事だという事を理解していた。


「ハハハハッ・・・・・・まぁそういう事になる。 まだまだこき使い足りないのだ。 生きてもらわなければならない」
「鬼隊長ですなぁ・・・・・・」


 誰もが知っていた。
こんな会話が出来るのも今が最後なのかもしれない・・・・・・と。
それだけ彼等が赴く戦場は、 絶望的なのだから・・・・・・


「騎士の方々、 我々も戦わせて下さい!!」
「君達は・・・・・・?」
「ゲフェン警備隊の者です。 ウィザードですからある程度は攻撃魔法で援護は出来ます」
「我々の故郷です。 我々も戦わなくては・・・・・・」
「避難民の方々は他の警備隊がやります。 我々は一番戦えると思われるので・・・・・・」
「老師は許可されたのかね?」
「・・・・・・はい、 許可されました」


 その場に集まったウィザード20名弱、 彼らが老師の許可を得てきたという事は嘘だろう。
許可を得る時間なんてなかった筈だ。
ならば、 彼等は命令違反を犯してまで戦うというのだ。
もし生き残ったとしても何らかの罰を受けるだろう。


「・・・・・・分かった。 我々も助かる。 共に戦おう」
「ありがとうございます!!」
(彼等も我々と同じ・・・・・・か)


「さて・・・・・・諸君、 行こうか?」
『オオオッーーー!!!』


 進軍する彼等を待ち受けるように、 闇の軍勢は体制を整えていた。
本来なら川を防衛ラインとし、 橋のゲフェン方面で迎え撃つのが最適であった。
しかしそれは出来なかった、 何故なら流れ矢や敵を取り逃がした際に、 もはや遮る物が何もないからだ。


「・・・・・・突撃!!」
「ウォォォォォォォォォォォォォ!!!」
《・・・・・・迎撃シロ、 奴等の数ハ少ナイ》
《ハッ・・・・・・全テの生キトシテ生ケル人間ニ死ヲ》


 戦いは混戦に陥った。
騎士たちが陣形を崩し、 魔術師が敵をなぎ払う。
剣士達は魔術師を護り彼等に一歩たりとも近づけない。
だが、 数が違いすぎた・・・・・・


「くそっ・・・・・・数が多すぎる!!」
「倒しても倒してもキリがない!」


 中身の無い、 鎧に宿った邪悪な魂に操られる武具『レイドリック』。
闇の軍勢の主力で歩兵のような存在だ。
レイドリックを一体倒すが、 その後ろから更に新たなレイドリックが現れその穴を埋める。
奮戦する騎士隊も、 一人、 また一人と倒れ、 もう二度と動かない骸となっていった・・・・・・



 一体何時間戦って居るのだろうか・・・・・・
1時間? 2時間? 私にはもうその感覚が無くなっていたと思う。
剣を握っている手が震えてくる。
疲れなのか、 それとも恐怖なのか・・・・・・それすら分からなくなっていた。
その時、 ふと後ろで音がした。
ゲフェンから全ての住民が避難した事を合図する、 魔法の光。
音が出るのは光だけでは気づけない昼などに考慮されて・・・・・・らしい。


「危ない!!」
「あっ・・・・・・」


 その光に一瞬気をとられ、 接近していたレイドリックに気がつけなかった。
同じ部隊員である剣士から声がかけられ動こうとするが、 住民が避難した安堵感からか、
足を草に取られ転んでしまった。
瞬時に起き上がろうとするが、 疲労した体はいう事を聞かない。


《全テの人間ニ死ヲ、 絶望ヲ》
「っ・・・・・・」


 振り下ろされる剣に、 私は死を覚悟した。
だが、 何時まで経っても死を運ぶ鉄の剣は降りてこない。


「・・・・・・大丈夫・・・・・・か?」
「!! 隊長!!」


 恐る恐る目を開けた時、 隊長の優しい顔が目の前にあった。
そして、 彼の口から一筋、 赤い線が零れ落ちる。


「・・・・・・行け、 今のうちに・・・・・・」
「い、 嫌です!! 隊長・・・・・・私なんか構わずに・・・・・・」
「馬鹿が・・・・・・他の騎士が死んだんだ。 私だけ・・・・・・生き残れるか」
「しかし・・・・・・」


 続きを言おうとした私は、 その先が言えなかった。
隊長は立ち上がり、 振り向き様にレイドリックを一刀で切り捨てまた私に言い放った。


「生きてプロンテラを護れ!! これが私からの最後の命令だ! Seciru Serve!!」
「・・・・・・隊・・・・・・長・・・・・・」
「・・・・・・泣くな、 また何時か会えるさ・・・・・・走れ!!」


 涙で視界が悪かったが、 私は走り出した。
ゲフェンの方面へと全力で走った。
最後に振り向き様に隊長の姿を見た時、 彼はたった一人で敵を防いでいた・・・・・・


 その日、 魔法都市ゲフェンは陥落した。
私達騎士隊の生き残りはプロンテラから派遣された支援隊と合流し、 無事プロンテラへとたどり着けた。
だが、 そのプロンテラももうじき戦火に巻き込まれると私は漠然と思っていた。
今は・・・・・・疲れた体を休める事にしよう。
隊長の最後の命令である、 プロンテラを護る為に・・・・・・

ラグナロクオンライン 第一部『甦る悪夢』編

第二章 『プロンテラ攻防戦』 に続く